北見神社の由緒

北見神社の由緒

北見神社のあゆみ

明治

陸軍大佐:小泉正保様

陸軍大佐 小泉正和 様

初代社掌 熊谷福武

初代社掌 熊谷福武

明治30年6月、北海道の開墾と北の防衛のために組織された、屯田歩兵第四大隊が根室の国から野付牛(現北見市)に本部を転営する際、 当時の第四大隊長陸軍大佐小泉正保様が伊勢神宮 天照大御神(あまてらすおおみかみ)を奉戴し、
同年8月、屯田市街地の北端高台(現:野付牛公園の南端の丘)に御神殿を建立し鎮座祭を斎行して護国神社と称され、これが北見神社の創始となりました。

さらに、屯田兵と相前後してこの地に開拓移民団が相次いで入植。
当時は海路での交通が唯一の手段であったことから長い船上生活の心のよりどころと航海の安全祈願のために住吉大神を奉戴し、上陸後、開拓の祖神として合祀されました。
明治43年、初代社掌として熊谷福武が赴任しました。

大正

大正時代 社殿前

大正時代 社殿前

二代目社掌 熊谷芳吉

二代目社掌 熊谷芳吉

その後、年号が大正に移り、野付牛も年々発展し続けていることから、以前より懸案だった神社の移転・改築を決議。

大正2年9月15日、現在地(旧、野付牛市街1条・2条東6丁目)に新社殿を建立し、遷座祭を斎行しました。
これが現在に引き継がれている北見神社例祭日の起源です。

そして、大正9年12月、内務省より無格社に列せられたことから、社号も野付牛神社と定め、
翌年4月、熊谷芳吉が二代目社掌となり、合わせて社格も無格社から村社へと昇格しました。

昭和

三代目社掌:村井渡

三代目・六代目宮司 村井渡

伊勢神宮少宮司・秋岡保司 様 御一行

伊勢神宮少宮司 秋岡保司 様
御一行

豊受毘売神の御分霊奉斎

豊受毘売神の御分霊御奉斎

昭和16年、村社に列せられた野付牛神社に官幣大社札幌神社(現:北海道神宮)より三代目宮司として村井渡が赴任しました。
社務整備に精力的に取り組むかたわら野付牛神社の郷社昇格運動を関係者とともに推進し、その努力と実績が認められ、翌年2月、念願の郷社に昇格。

同時に村井は当時の市制施行運動にも住民の代表として参画し、現在の北見市の名付け親のひとりとなりました。
社号も野付牛神社から北見神社へと改称しました。

昭和25年4月、伊勢神宮少宮司秋岡保司様が来北の折、氷雪の大地に米を根付かせる農民の姿に『これは神業としか思えない』と、いたく感動されました。

米の北限地帯であるこの北見市に農業神たる豊受毘売神(とようけひめのかみ)の御分霊御下附を申請したところ、同年5月御裁可と決定され、6月25日御奉遷大祭を斎行し奉斎されました。

昭和27年8月、伊勢神宮御分霊社の由緒をもって伊勢神宮祭主北白川房子様が大宮司佐佐木行忠様、参議院議長佐藤尚武様を随伴され正式参拝の御儀を賜りました。

北白川房子 様 正式参拝

北白川房子 様 正式参拝

伊勢神宮大宮司 徳川宗敬 様 書

伊勢神宮大宮司
徳川宗敬 様 書

伊勢神宮大宮司 徳川宗敬 様 書

徳川宗敬 様 来社

伊勢神宮御分霊は、昭和25年の豊受毘売神の御分霊が最後になったという経緯もあり、
明治天皇の第七皇女:北白川房子様の正式参拝は神社・市民にとって大いなる名誉となりました。

その後も交流が引き継がれ、昭和42年10月、伊勢神宮大宮司徳川宗敬様の正式参拝を賜りました。

昭和52年、北見神社御造営奉賛会が組織され、
昭和55年7月、市民氏子の御浄財により現在の総檜、銅板葺きの神明造り御社殿が竣工し、遷座祭が厳かに斎行され、これにより北見市鎮守にふさわしい現在の北見神社に生まれ変わりました。

《神殿記念祭》
神殿記念祭

平成

四代目社掌 村井之也

四代目宮司 村井之也

七代目社掌 村井直子

七代目宮司 村井直子

昭和64年1月、昭和天皇崩御。年号が平成に変わり、同年10月、宮司村井渡が神社本庁功績表彰を機に名誉宮司となり、後任四代目宮司として村井之也が就任しました。

しかし、同年11月25日、43歳という若さで急逝。
村井之也は、昭和55年の御造営事業に尽力し、又、様々な奉仕活動に参加し、その気さくで温厚な人柄は、多くの市民に慕われていました。

平成2年1月、第五代目兼務宮司として三沢新幸が就任。
平成3年7月、第六代目宮司に元・三代目宮司村井渡が復職。
平成4年12月、宮司代務者を経て、平成6年5月、第七代目宮司として村井直子が就任しました。

平成8年、北見神社は明治30年の創祀から数えて記念すべき100年目を迎え表参道階段、灯籠6基の改修及び境内改修、社名旗、紫翳奉納の記念事業がなされ、
同年6月25日、御創祀百年記念式年祭が斎行されました。

御創祀百年記念式年祭

御創祀百年記念式年祭

千宗左宗匠による献茶祭

千宗左宗匠による献茶祭

豊受毘売神合祀五十年祭

豊受毘売神合祀五十年祭

池川神楽

池川神楽

北見池川神楽保存会

北見池川神楽保存会

平成10年、表千家第14代家元而妙斎千宗左宗匠による献茶祭を斎行。

平成11年10月27日、第40回北海道神社庁神社関係者大会がオホーツクブルーの青空のもと北見市において、小野田寛郎様を講師に迎えて開催され、それに先立って北見神社において、藤岡重孝伊勢神宮少宮司、古谷金祐神社本庁統理代理、片川昭壽神道政治連名会長代理の正式参拝を賜りました。
藤岡少宮司におかれましては50年前に父君、藤岡好孝様の御来社に続き父子二代における深き御神縁により「敬神」の揮毫を賜りました。

平成12年6月25日、豊受毘売神合祀五十年祭が、伊勢神宮原忠之参事、小野田寛郎御夫妻参列の下、厳粛に斎行されました。
秋岡少宮司揮毫「明浄正直」、藤岡少宮司揮毫「敬神」、小野田寛郎様揮毫「不撓不屈」の石碑、法制化記念「君が代」の歌碑、古谷金祐神社本庁長老揮毫の歌碑、大灯籠1対、菅翳1対、大幟1対、植樹300本の記念事業により境内は一新されました。

平成13年、昭憲皇太后生誕150周年を記念して御歌「金剛石」の歌碑を建立。

平成15年「百度石」が奉納され、同年10月には表千家第14代家元而妙斎千宗左宗匠による献茶祭を斎行。
また、北見市において北海道神道青年協議会研修会が開催され、それに先立ち横田滋、早紀江御夫妻を迎えて拉致被害者早期帰国祈願祭が斎行されました。

平成16年、駐車場を拡張整備しました。

平成18年には御創祀百十年祭を厳粛に斎行し、北白川房子様の歌碑を建立しました。
また、同年、北見市に北見池川神楽保存会が発足し、北見市と高知市が姉妹都市たる由縁の下、高知県の池川町より伝統の池川神楽を継承し、例大祭には舞を奉納しています。
春はつつじ秋には紅葉の境内を、歴史を回顧しながらの散策は北見市民の心の拠り所として、広く市民に親しまれています。

こうして北見神社は氏子崇敬者の共有財産たる北見市鎮守の氏神神社として、市民の幸福と繁栄をたえず見守り今日に至っております。